2013年10月8日火曜日

ダラットにひとめぼれ①~カフェとおじさまと街並みと


サイゴンの日々のことを書こうとしてつくったブログ。
気づけばどこかに出かけたことばかり書いている……のはご愛嬌。

先週、上海から遊びに来たT子さんとダラットに行ってきた。T子さんは、2年間ホーチミンでお仕事したのちに活動の場を上海にうつしているパワフルな女性。中国の国慶節休みを利用して、かつての生活の地ホーチミンに来ることに。貴重な時間を割いて私と旅に出てくれた。

T子さんは数回目だが、私は初のダラット。いつか行くだろうと思っていたらあっという間に4年以上が経ってしまった。今回はやっとやってきた、うれしいチャンス。


それでは写真で振り返るダラット旅、はじまり。


T子さんのすすめにより、こちらのThanh Buoiバス会社を選択。なんと、昼夜関係なく毎日1時間ごとにバスが出ているという、素敵バス。私たちはDien Bien Phu通りのオフィスから乗車(Van Thanh公園のすぐそば)。


私たちの選んだ寝台バス。深夜1:00に出発し、翌朝8時頃にダラット着。これで片道22万ドン(ちょうど1000円くらい)。


バスの車内はこんな感じ。2段ベッド。上はなかなか揺れるので、下がオススメ。でも、リクライニングで倒せるベッドの寝心地はかなり良し。


翌朝、ダラット到着後にすぐ食べたBun Rieu(ブン・リウ)。臭みが少なくとっても美味しかった。


その後入ったヘム(路地)のカフェ。ダラットには低めの木のテーブルにソファというスタイルのカフェが多かった。年間を通して涼しい気候のダラットには、こうした革張りのソファはあたたかく感じられていいのかもしれない。


ここで飲んだカフェスアダーが、また美味しかった。 「あいつら韓国人か?中国人か?」という地元の人々の会話を聞きながら、ふふんと過ごしていると、ひとりやってきたダンディなおじさま。やはり地元の常連さんのようで、何もオーダーしていないのにお店のお姉さんがカフェダーと煙草一本を出していた(マッチを添えて、というのがカッコイイ)。その佇まい、煙草のふかし方、哀愁漂う横顔、目があったときのくしゃっとした笑顔……にやられてしまったのはT子さん。翌日もまたここに通うことが決定した瞬間(残念ながらおじさまには会えなかったけど)。


私はおじさま以上に、ダラットの街並みにひとめぼれしてしまった。


緑が多いダラット。半そででは過ごせないくらいに涼しくて、気もちがいい。日本で言ったら軽井沢のような避暑地なのかな。



起伏の多いその丘陵地には、ホーチミンのように高い建物はなく、街の景観は独特。三角屋根やレンガ造りの屋根の家がたくさんあり、建築様式もホーチミンとはだいぶ異なる。フランス植民地時代に開発されただけあって、小さな街のなかにはロータリーも多かった。


こんな風に可愛い窓にも出会ったりして。


街の中心には、小さいが存在感のある教会も。ミサは見られなかったが、この地にカソリックの人々はどれぐらいいるのだろう。


着いた瞬間に惚れ、「ここにはまた来るだろう」と確信してしまったダラット。何よりベトナムで好きな場所がまた一つ増えたのが、たまらなく、うれしかった。


(旅、続きます)


From Hem

2013年9月23日月曜日

ハノイへの旅④~旧市街を歩く

ほったらかしにしていましたが、ブログ再開。7月末のハノイ旅についてそのままになっていたので、更新します…(汗)

ハノイの旧市街を散歩していたときに出会った、素敵な人たち、モノたちを写真で。

*****
 

旧市街のとあるおうちで行われていた、結婚式。新婦さんの白いアオザイが素敵。


セトモノ屋さんだったかな… 商品を大切そうに包むお兄さん。

額縁づくりに真剣な、おじさん。


旧市街は、開け放し文化。ご近所さん付き合いがよく見える。


多かった、鳥かご。


電線工事中。


竜眼を売っていたお姉さん。この計り方!に感激。


路上で卵を購入するおばさんたち。


旧市街にはこーんな路地がたくさん。探検したくなります。


貼り出された新聞を熱心に読むおじさんたち。


こちら、ラオドン(労働)新聞でした。Oのとこの星が、いい。


自転車の前カゴに新聞を入れて売り歩いていたおばあさん。


どっこいしょ。ちょいと休憩。か、かっこいい。


旧市街は自転車を押した売り子さんがたくさんで、楽しい。


老舗フォー屋のおじいさん。旅のパートナーMさんが配給時代のアルミのお皿に一目ぼれし、売ってほしいと懇願するも頑なに「売らないよ」。記念の品だったらしい。その姿勢もかっこよかった。


こちらがそのお皿。


バインダークア売りのおばちゃん。ハイフォン出身。ご夫婦で営む。


バインダークア。大ファンになり、のちにサイゴンで探すことに。


最後は、路上の床屋さん。

*****

ハノイの旧市街は面白いものたくさん。
必ずまた、行きたい場所。

(ハノイ旅、終わります。読んでくださり有難うございました。)


From Hem

2013年8月17日土曜日

ハノイへの旅③~しあわせの水玉

今回ハノイに来たのは、草間彌生さんの個展を見たくて。

「草間彌生:オブセッションズ」という名のその展覧会は日越友好40周年を記念したイベントの一つで、国際交流基金のセンターで行われていた。土日だったということもあって、たくさんの人が見に来ていた。






見た途端に、うわー!とはしゃぎたくなる水玉。そんなに大きくない部屋なのに、壁の大部分が鏡で覆われているから、どこまでも水玉が広がっていて、立ち位置一つで見え方も変わる。まさに、"無限の水玉"。


こちらは、お隣の部屋。蛍光の水玉。


庭に置かれた立体も。


警備員さんの部屋まで!




いちばんいいなぁと思ったのは、地元の若者たちがとっても楽しそうに写真を撮り合っていたこと。 友達と。恋人と。家族と。何度も何度も。

鏡を使っていろんな角度からおもしろ写真が撮れるもんだから、飽きることなく、みんな、部屋の滞在時間が長い。こんな風に地元の人たちに楽しんでもらえたら、作り手はうれしいんじゃないだろうか…と勝手に考えていた。(もっと年配の人たちは、どう感じるのかなとも気になるけど。)

今回のハノイでの開催によせて、草間さんは次のような手紙を送っている。配布はベトナム語版と英語版のみだったので、ベトナム語を日本語に訳しなおすという、ちょっと奇妙な作業をする(こんなに翻訳を介してはもはや草間さんの言葉ではないように思えて不安ですが… 一部のみ掲載)。

 
*****
 これまでの人生、そして現在もなお、私はアーティストとして日々奮闘しております。無限なる水玉は思想や哲学を、また私がこの生涯に残してゆく生のエネルギーを届ける声であります。こんにち、世界では迫害、殺人、戦争が起こり、多くの人々が苦しんでいますが、私は芸術を通して「永遠の愛」というメッセージを世界に伝えたいのです。みなさま、どうか共に愛をうたい、世界の幸福を祈りましょう。
 私の作品は、幸福な魂を内に深く秘めて誕生しています。世界により幸福を、寛大さを、平和を与える一助となるように。いま、私の最大の願いは、愛と平和に満ちたハノイにて、私の作品が芸術を愛する人々の元へ届けられることであります。もしみなさまが私の作品を通じて何かを、また作品の発するメッセージを感じて下されば、私にとってこれ以上の感動と幸せはございません。幸福への希求と共に、ベトナムと首都ハノイのさらなる発展をお祈りいたします。
*****

短いハノイ滞在で2回見に行った。見る人を楽しませてくれる素敵な個展だった。



個展の詳細はこちら。
http://jpf.org.vn/jp/2013/05/14/yayoi-kusama-obsessions/


From Hem

2013年8月15日木曜日

ハノイへの旅②~30時間列車の旅

 

23:00 Sài Gòn駅発。
駅で売店で枕を売っていたのがおもしろくて、思わず購入。
5万ドン(約230円)の枕とともに乗りこむ。


満席だったソフトシート車両。上の棚は荷物でぎゅうぎゅう。
車内には液晶テレビも完備。 

前の席に座っていたおじさんも、ハノイまで行くとのこと。
飛行機で行かないの?という私の質問には、
「列車のほうがずっと安心だから」という答えが…。


車両の真ん中から、席が向き合うような並びになっている。
最初後ろ向きに発進したが、
中間地点に近いダナンで、進行方向に切り替わった。
(どんな風に切り替わったのかを見ていなかったのが悔やまれる。
その時は爆睡中でした…)


夜中、ほとんどの乗客が眠りにつき、車内も消灯したものの、
こちとら旅の始まりと、車内のディープな雰囲気に大興奮。
Mさんとひそひそおしゃべりしたりお酒を飲んだり。
やっと眠りについたと思ったら、夜が明けていた。
朝、きれいな空を見た。


6:00 最初の駅、Nha Trangに到着。
予定より30分の遅れ。

停車時間は5分程度。ちょこっとホームに降りる間もなく出発。
お客さんの降りた席にはちゃんと新しいお客さんが乗ってくる。
みんな、どこまで行くのかな。


車内ではカートを押したスタッフが、朝食を売りに来始める。
眠け眼の私にMさんが食堂車があるよと教えてくれた。
列車に乗るのは今回が初めてじゃなかったけれど、
なんと。食堂車があるとは知らなかった。
大興奮、再び。


朝食にPhở bò(牛肉のせフォー)を食べる。これがけっこう美味しかった。

食堂車が気に入り居座る私とMさん。
その間にもお客さんがひっきりなしに朝食を食べにやってきていた。
でも、多くの人がカートの車内販売のほうを利用している様子。
食堂車で食べるフォーやその他のプレートご飯より、
カートで売るお弁当のほうが安いらしかった。

おしゃべりとお酒と車窓からの風景を楽しみながら、
線路は続くよ、どこまでも。


7:55 二つ目のTuy Hoà駅に到着。
車窓には、田園風景が続く。

眺めているとつくづく思う。
この風景が、ベトナムの大部分なのだと。
サイゴンは、特殊な街なのだと。


9:45 三つ目のĐiệu Trì駅に到着。
時刻表より50分遅れ。

このあたりで私はまたうとうとし始め座席に戻る。
後で聞いたら、Mさんは食堂車に居座り続けていたらしい。

12:39 四つ目のQuảng Ngãi駅に到着。
1時間の遅れ。


15:00  五つ目のĐà Nẵng駅に到着。

再び食堂車へ遊びに行く。売っていた焼き鳥などを食べる。
となりに座っていたフランス人のおじさんと少し話す。
ダナンの海の美しさを、熱心に語る人だった。
車内ではこのように、私たちの他にも外国人がちらほらいた。



列車内をぷらぷらと探検していると、海が飛びこんできた。
カメラを取り出しバシャバシャやっていると、
同じく撮影に夢中のとなりのベトナム人のおじさんと目が合い、
「きれいだね~」と一緒に笑う。
「私は日本が好きだよ」と言っていたおじさんの顔と声は、
 なぜだかいまでもよく覚えている。
彼は仕事で来ていたダナンから、故郷ハノイまで帰るという。


食堂車に戻ると、車掌さん二人が休憩にやって来ていた。
左の彼はHuếの、右の彼はThanh Hoáの出身だと言っていた。
二人とも大学を卒業してからずっとこの仕事を続けていて、
日々、サイゴンとハノイとを往復していると言っていた。
疲れる?と聞くと、 「まぁ、多少はね」と答えた。
でもその笑顔は、自分の仕事が好きそうな人の笑顔に見えた。
年齢をたずねたら、二人とも私より年下だった。
私は"Anh"の呼び方をその場で"Em"に切り替える。
呼称の多いベトナム語ならではのユニークさだと思う。


17:30 六つ目のHuế駅に到着。 

あの子たちは何をしているのかな…と思ったそばから発車。
相変わらず、ほぼノンストップ。

ここでついに… 折り返し地点。

さすがに長い。疲れも出てくる。
だんだん日が落ちて、外が暗くなってきていた。
もう、あとは寝て、耐えるのがメインだろうか…と察する。

ここからは、だいぶすっ飛ばし日記。
線路は続くよ、まだまだよ。

18:50 Đồng Hà駅
20:30 Đồng Hới駅
00:32 Vinh駅


そして。そして。

日が昇り、外が明るくなるにつれて、
少しずつ少しずつ、車窓からの景色が変わってくる。
バイクで走る人が増え… 家や商店が増え…
ああ、いよいよハノイに近づいてきたんだなと実感する。
あとちょっと。あとちょっと。

車内でも、起きて荷物を整え始める人達、
いそいそと洗面台で歯磨きをする人達で、ガヤガヤ。

サイゴンから一緒だった、前の席のおじさん。
隣の娘さんとともに、降りる準備を始める。

いまは、安い航空券だってある。
正直、ソフトシートならそこまで値段が変わらない。
彼にとっては、安いからとか、速いからとかじゃないんだなぁ。
もしかしたら飛行機が苦手なのかもしれないけれど、
彼らは何十時間もかけて、こうやって故郷に帰るんだ。
私のような、トライ!という気もちとは、全然別の気もちで。
もっと色々聞いてみればよかったなと、
これを書いているいま、ちょっと後悔している。
 
その、ハノイに。


6:13  終点Hà Nội駅に到着。

着いた。着いたーー!
予定より約1時間45分の遅れ。
結果的に31時間近く列車に乗っていたことになる。
でも、このくらいの遅れで済むってすごくないだろうか?

疲労と、ようやくたどり着いた感動とで、大興奮、また、再び。
ハノイの街はすっかり朝の賑わいの様子で、
タクシーやバイタクのおいちゃん達が群がって来る。

*****

列車で旅して思った。
サイゴンとハノイは、やっぱり「近い」と言える距離じゃない。
人々の精神的な距離感は、やっぱり私にはまだまだわからない。
けど、飛行機のビューンという速さより、時間の短さより、
私はこの、くたくたになる、一日以上かかる距離感が、
サイゴンとハノイのそれなんじゃないかと思った。

もちろん、航空便が増えて、人々の行き来がしやすくなるということが、
決して悪いことじゃなくて、むしろ喜ばしいことだと感じてもいる。
でもそれは私たち外国人にとって喜ばしい、のではなくて、
この国の人たちにとって喜ばしいものであればいいと思う。
 
もう一つ。
車内の乗客達を見ていて感じたことがある。
みんな、列車のなかでも「生活している」ということ。

ベッドの車両を見に行ったとき。
あるベッドには、狭い小さなベッドに親子二人が折り畳むように寝ていた。
いつも家でもそうやって、寝ているんだろうなと思った。

ベッド車両は小さなスペースに分かれていて、
6つ(3段が2つ)、又は4つ(2段が2つ)のベッドが並んでいるのだけど、
そこを家族や親せきで貸し切って、10人近くの人がいたり。
何やってるんだろう?と覗き込むと、
トランプしたり、大事そうにチョコレート食べてたり、
お酒を飲む男達を横目に、女達がおしゃべりに花を咲かせていたり。

ああ、生活だぁ、と思った。
 
ソフトシートのお客さん達もそう。
朝になれば日の光とともに起きて、歯を磨き、朝ご飯をちゃんと食べる。
おしゃべりしたり、テレビを見たり、車内販売の新聞を読んだり。
昼になれば昼ご飯を食べて、昼寝をする。
思い思いに過ごす時間が圧倒的に多いけど、
みんな、自室でくつろいでいるみたいに見えた。
食堂車でビールで乾杯していた兄さん達もいた。
夕食を済ませたら、夜は消灯前には就寝。

多くの人がそういう過ごし方をしていて、
規則正しい生活リズムの、穏やかな暮らしっぷりだった。
それは彼らの、たくましさでもあるように感じた。

実際のところは、わからない。
私には、そんな風に見えたのだ。
もし次に列車で旅する機会があったら、
近くのお客さんと、もっともっと、話してみよう。
もっと、もっと。

でも。やっぱり。
列車で行けて、よかった。

一緒にチャレンジしてくれたMさんには、
心から、Cảm ơn と言いたいです。


(旅、続きます)


From Hem